History

沿革

1897年(明治30年)、東京・深川で油屋として創業。扱うものを変えながら、129年「届ける」という仕事を続けてきました。

創業

1897 – 1945

東京・深川の油屋として。関東大震災、そして戦災を越えて。

創業(1897 – 1945)の当時写真
初代・東原槇彌。
1897
初代・東原槇彌が、東京・深川区裏大工町(現・江東区清澄)で食用油の小売商として橋本屋を創業。屋号は店が橋のたもとにあったことに由来。
1914
小石川区氷川下町43番地(現・文京区)に店舗を移転。
1921

初代・槇彌の逝去にともない、二代目・東原春吉が継承。

大正末から昭和初期にかけて、食用油に加え、自動車の普及をうけてガソリンの販売を開始

1934
合資会社化(橋本屋油店)。
1935
二代目・春吉の逝去にともない、三代目・東原み津代が継承。春吉はこのとき、子孫への戒めとして家訓八ヶ条を遺した。「信用第一」「保証人になるな」という戒めは、いまも橋本屋の芯として受け継がれている。
1945
東京大空襲により本店焼失。終戦後、焼け跡から再興へ。

家業から会社へ

1948 – 1969

株式会社化。食用油から石油へ、扱うものを広げていく。

家業から会社へ(1948 – 1969)の当時写真
橋本屋に遺る看板 ── 豊年油・岩井の胡麻油・東京油問屋市場。
1948
資本金50万円で株式会社化。四代目・東原博成が代表取締役社長に就任。
1953
豊島区南大塚に橋本屋大塚給油所を開設、出光興産特約店となる。
1957

豊年製油(現・J-オイルミルズ)特約店となる。

1960年代半ばには、研究開発用燃料の供給を開始

1961

「株式会社橋本屋」に商号変更

自動車整備工場を併設し、陸運局長より普通自動車整備の認証工場に指定される。

1968

出光興産株式会社より移籍し、日本石油株式会社(現・ENEOS)特約店となる。

埼玉県川越市に川越営業所設置。

1969
食用油販売を終え、工業用油販売へ事業の主軸を転換

拡大

1974 – 2010

特約店網と危険品倉庫、車検事業。工業用油へ主軸を移す。

拡大(1974 – 2010)の当時写真
橋本屋の社員一同。
1974

東京都陸運局指定民間車検工場となる。

宇都宮出張所を設置。

1990
宇都宮営業所を栃木営業所と名称変更、ならびに危険品営業倉庫を新設。
1995
浜松営業所を設置。
2002
五代目・東原孝能が代表取締役社長に就任。
2004
大塚給油所を閉鎖。
2008
ISO14001認証取得
2010
平成22年環境指向型事業場 関東運輸局長表彰受賞。

燃料の専門商社へ

2013 – 2025

支店を本社へ集約。特殊燃料の直接輸入・日本総代理店として。

燃料の専門商社へ(2013 – 2025)の当時写真
現在の本社オフィス。
2013
川越営業所・栃木営業所を、それぞれ埼玉支店・栃木支店に名称変更。
2017
浜松営業所を埼玉支店に統合。
2022

イギリス Coryton Advanced Fuels Ltd. から特殊燃料を直接輸入開始。後に日本総代理店となる。

埼玉支店を本社に統合。

2023
栃木支店を本社に統合。
2024

燃料事業と自動車整備事業を分社化。株式会社橋本屋は燃料の専門商社に特化

本社を東京都文京区小石川4-20-1に移転。

スウェーデン Lantmännen Aspen AB との取引を開始(アジア初のASPEN製特殊燃料の国内供給)。後に日本総代理店となる。

2025
六代目・東原正典が代表取締役社長に就任。

橋本屋が129年、変わらず大切にしてきた商いの軸 ──「三方よし」と会社発展6ヶ条を、信条のページにまとめています。

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